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創建1200年祭へ

​​創建:平安時代 承和元年834年
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NaRASAKI JINJA

青森県で最も古い郷社の一つとされ、​ご利益があると全国から政財界が訪れるパワースポット
​画   像:七崎神社 「本殿」・​撮影日:2021年7月5日(午前10時)
撮影者:EP  Jason  I.  Nakamura
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樹齢一千年を超える強運な生命力で
≪生きる尊さ≫を今に伝える
神が宿ると伝承される巨樹

北斗の「大杉」

樹齢一千年 樹高43 m

八戸指定文化財・​天然記念物
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強運な生命力にあやかろうと
天を仰ぎ手を合わせ、
開運や
長寿祈願する参拝客で賑わっています

八戸指定文化財・​天然記念物

北斗の「大杉」

神が宿ると伝わる大樹」

遥か時を超え、人々の願いと暮らしに寄り添い、一千有余年!
広大無辺なる御神徳をお慕いし先人達が繋いだ御心を、子供達の未来へ!

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創建、平安時代承和元年(834年)
霊地や龍穴(リュウケツ)とされた七崎山に鎮座した神々が、
遥か、一千有余年という時を超え、今尚、ひっそりとたたずむ青森で最も古い郷社の一つとされる「七崎神社」です。


七崎神社の社格は「郷社」
南部家初代光行公の草創と伝えられ南部の総鎮守とされる「櫛引八幡宮」と「七崎神社」の二つが、八戸市では郷社とされています。
櫛引八幡宮の創建は(伝建久年間1190-99年)とされ、七崎神社は834年とされています。


七崎神社の起源は
神仏習合」時代、南都の四条中納言「藤原諸江」が七崎聖観音菩薩御本尊を「七崎山 徳楽寺」(七崎神社の旧称)へ遷宮した、承和元年(834年)旧暦の1月7日とされています。
現在の七崎神社拝殿の位置には、七崎聖観音菩薩ご本尊を祀る本堂が建立されていました。
南部
糠部三十三観音の第十五番目の札所」通称【七崎観音】として名高く、
多くの参拝客で賑わっていたとされています。
慶安2年(1649年)観音堂付近への落雷により七崎観音堂は焼失した後、
1655年に盛岡藩二代藩主南部重直の代と、
貞享4年(1687)三代藩主重信の代に、新たに「七崎聖観音菩薩ご本尊仏像が奉納」され、七崎観音堂は再興されています。


「七崎山 徳楽寺」の別当寺を務めていたのが、当地の由緒あるお寺「七崎永福寺」(現在の宝照山 普賢院)でした。
「七崎永福寺」は 「南部藩の祈願寺」とされ、当地は、盛岡南部藩代々のゆかりの地でもあります。
また、「ねぶた絵」」に登場し、十和田湖伝説や三湖伝説でも有名な実在した僧侶(そうりょ)
「なんその坊」が修行したお寺としても名高く、数多くの貴重な伝承が残されています。
​明治初期までは、
修験道(しゅげんどう)の総本山である熊野三山への修験者たちが集う、一大メッカとして栄えていました。
​その証として、
平成19年に七崎神社で、約200年前の江戸時代の古文書「補任状(ぶにんじょう)」6枚が発見されています。


 明治維新に伴う「神仏判然令」(維新政府の政策)により、明治元年の初め頃までは、七崎山 徳楽寺を称しておりましたが、同年、全て旧例を廃し、仏像を除き、諸神を祭り、伊弉冉命(伊邪那美命(いざなみのみこと)は豊間内村より、天照皇太神は扇田村より、
稷魂神は野沢村より、菅原道真は五戸村より合祀し、四柱を相殿(あいどの)として郷社に列せられ、「七崎山 徳楽寺」から
現在の「七崎神社」に奉称(明治8年5月列格)しています。明治初年の神仏分離令に伴い、
当時の僧守が「当寺は今後神社として伊弉册命を祀り、七崎神社と奉称する」として、改めて出発しています。


こうした歴史を物語るかのように、境内には、八戸市指定文化財天然記念物「大杉と矛杉(ほこすぎ)3株」他、
樹高30~40m級の大杉1000本や、モミの樹、ヒノキ、いちいの樹、銀杏などのご神木が整然と立ち並び、
「精霊達が宿る鎮守の杜」として異空間が広がる神域の静けさを保っています。
境内で最も大きいご神木が、本殿上手に鎮座する文化財大杉よりも大きい推定樹高45mの「もみの木」です。


鎮座した諸神の御神徳をお慕いし、関西、近畿、関東、東北地方などの遠方からも多くのご参拝客が訪れ、
神の木が運気を上げるパワースット七崎神社は「富と福を授かる強運の神社」として親しまれています。


七崎神社は、2034年に≪創建1200年奉祝大祭≫を迎えようとしています。

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北斗の「大杉」

​推定樹齢1000年

幾度と枝(幅1m)は枯れ落ちても
幹は枯れず1000有余年!
​余分を削ぐ決断も御神木の生命力なり!
(​樹高:40m強、幹回り9.7m)
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​八戸市指定文化財 天然記念物3株

北斗の九頭龍「鉾杉」

​推定樹齢800年

​目に見える幹についた枝と
目に見えない、同じ太さの龍の根を大地深く
力強く張りめぐらすは御神木の生命力なり!
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​推定樹齢800年鉾杉

北斗の昇龍「鉾杉」

​「御神が大地にあぐらをかき腰を下ろした姿」
鉾の様に真っすぐに天を貫くかのように
伸びる杉を「ほこ杉」と言います!
それを象徴する様に、腰を据え天を仰ぎ
一直線に伸びる、天に昇る昇龍鉾杉
​主 祭 神
伊邪那美命(いざなみのみこと)
 日本最古の歴史書「古事記」に記された、国産みの物語。 「伊邪那岐命(イザナギノミコト)」と「伊邪那美命(イザナミノミコト)」は、日本最初の夫婦として高天原の神様から誕生し、この夫婦神によって日本の国が生まれました。イザナギとイザナミの夫婦神は日本列島を生み出し、次に、日本の様々な神様を誕生させます。最後に、火の神様「火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)」が生まれた時、イザナミは大やけどをして命を落としてしまいます。夫のイザナギは嘆き悲しみ、イザナミを能義平野の比婆山に葬ったとされています。

   相 殿 神あいどの​しん

 

大国主大神

天照皇大神

            天満大自在天神原道真/天満宮)

※上記の他に、郷社七崎神社誌大正六年三月編集によると「少彦名命/すくなびこなのみこと(日本書紀)」、近江国の新羅明神(大津三井寺新羅善神堂)で元服した「新羅三郎/源義光公」も祀られています。また、「熊野神社」(豊間内)、「天満宮」(岩ノ脇、志戸岸、滝谷)・蒼前神社(上七崎)、「八幡宮」(下七崎)、「稲荷神社」(野沢)、「配祀神明宮」(扇田)等は、明治維新政府の神仏分離令発布期に各部落より、明治初期に合祀されたと伝承されます。

摂社御祭神

 

白山大権現

(はくさんだいごんげん)

青龍大権現

(せいりゅうだいごんげん

秋葉大権現

(あきはだいごんげん)

 

未社(境内社)

稲荷社

薬師社

蒼前社

月山社

一王子社

荒神社

社七崎神社誌大正六年三月編集によると上記の内、月山社及び荒神社は廃合ノ際境内ニ遷シタルモノナリとあります。

​創 建
​平安時代、承和元年(834年)
​祭 事
  おこもり:旧暦の正月7日 
 春の例大祭:5月7日  夏の例大祭:​9月7日    新嘗祭:11月23日  

 
​鎮座地
​青森県八戸市豊崎町字上永福寺127−2
東経141度23分1.3秒、北緯40度30分32.6秒に鎮座。
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​神 門

まるで、時が止まったかのような静寂さ!

神聖な鎮守の杜マイナスイオンスポット! 

 神が宿ると伝え受け継がれてきた推定樹齢1000年を超える八戸市指定文化財 天然記念物 御神木「大杉、鉾杉の3株の他、一千本の杉木立に囲まれた鎮守の杜境内には、イチイの樹、モミの樹、ヒノキ、銀杏の樹など樹高40m級の御神木が整然と立ち並ぶ神域。諸神が鎮座し、間もなく「一千二百年奉祝大祭」を迎えようとしています。!【精霊たちが宿る鎮守の杜】は、古来から名高い霊地として人々の信仰を集め【福と富を授かる強運の神社】とされ、全国から訪れる人々に親しまれています。神の住まう聖域は、地球のマイナスイオンに包まれ、心地良い神聖な癒しの異空間が広がり、今なおヒッソリと静けさを保っています。
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北斗の九頭龍「鉾杉」

整然と立ち並ぶご神木一千本の杉木立が出迎え静寂に包まれた 鎮守の杜パワースポット!地球の貴重なマイナスイオンを体感できる 神聖な癒しの異空間が広大に広がっていす。 

めざめに楽しもう、
「精霊たちが宿る鎮守の杜」癒しの朝参り‼
清らかな朝に、
神域のパワースポット​に歩みを進め巡ってみませんか?
​あなたの気運アップにつながります!
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創建、西暦834年!
「精霊たちが宿る鎮守の森」七崎山!

七崎神社は、間もなく創建1200年を迎えようとしています!​

静寂に包まれた境内に、澄み渡る清らかな空気
そこは、精霊達がやどる心地よい鎮守の森(ちんじゅのもり)

多くの小動物や植物たちが生きずく万物の癒しの楽園
太陽が、​御神木「天空の矛杉」(ほこすぎ)を見守るかのように

朝日が矛杉の梢(こずえ)を照らし
木漏れ日が森の草花に降りそそぐころ、
爽やかな目覚めの美しい野鳥の歌が、鎮守の森にこだまします。
そんな「希望の朝」を迎え、私達の穏やかな一日が静かに始ります。


遥か時を超え人々の心に寄り添い一千有余年、​広大無辺なる御神徳をお慕いし
「清らかな朝」を迎えると共に、洗われる心

特に、朝には「神の木矛杉が運気を上げるパワースポット」として、
密かなブームの七崎神社です。
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2022年2月7日神事「おこもり」にて
【燃え上がる炎と化し現れた七崎観音ご神体】

​南都の四条中納言「藤原諸江」が承和元年834年旧暦の正月7日に七崎山に観音堂を建立し七崎聖観音菩薩「霊体」を御本尊としてお迎えし遷宮したのが、七崎山徳楽寺(現在の七崎神社の旧称)の起源とされています。七崎神社では毎年旧暦の正月7日に神事として「おこもり」を斎行しています。明治初期の「神仏分離令」以降は、「七崎聖観音菩薩本堂並びご本尊は、現在の宝照山・普賢院に移安されています。
神事「おこもり」で炎と化し現れたご神体カード受付中
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​豊崎小学校代表​
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​豊崎中学校代表​
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​八戸市長 熊谷雄一
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​豊崎小学校校長​
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​豊崎町一般​

​七崎神社について学ぼう

笑顔の少年
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われら強い子≪ほこ杉っ子隊≫

 七崎神社の旧称は、平安時代承和元年(834年)に創建されたと伝えられる「七崎山  徳楽寺」です。「七崎聖観音菩薩」を御本尊とした通称【七崎観音堂】として広く知られ「糠部三十三観音の第十五番札所」でした。七崎観音は近郷に名高い古刹で村人の信仰はもちろん「南部藩の崇敬」も厚く、1649年本堂火災後には、1655年に盛岡南部藩二代藩主南部重直の代と、貞享4年(1687)三代藩主重信の代に、新たに聖観音菩薩​本尊仏像が奉納され、七崎観音堂は再興されています。仏事・神事が行われ八太郎浜への「神輿の旅」は群衆三千余人もの人出で賑わったと​されています。江戸時代までは、熊野三山、出羽三山への修験者たちの拠点でもありました。その後、明治の神仏分離令によって、観音堂は現在の普賢院(旧称:七崎永福寺)に移安されると同時に、七崎山徳楽寺は、明治8年5月に現在の七崎神社に列格し、「郷社 七崎神社」と奉称されています。青森県でも最も古い郷社の一つとされています。全国からご参拝に訪れる大変ご利益がある運気の上がるパワースット古社とされています。
 
秋の屋形船
青森県で最も古い”旧郷社の一つ”とされる「郷社 七崎神社」(ナラサキジンジャ)。その起源は七崎山「徳楽寺」と称し、名高い古刹で人々の信仰や「南部藩の崇敬」も厚く大変ご利益がある「七崎聖観音菩薩御本尊」(通称:七崎観音)を遷宮した本堂が、現在の拝殿の位置に建っていました。
澄み渡る満点の星空に、一段と輝く平和の象徴「北斗七星」。地域の安泰と繁栄を託し、「北斗七星」を形どり7本の杉を植樹したと承伝されます。
八戸市文化財天然記念物「大杉一千年」と「鉾杉」2株の三本が、今でも、鎮守の杜の静けさを保つパワースポッとして親しまれています。
七崎神社保存【永久の会】事務局
青森県八戸市豊崎町上永福寺40 〒039-1109
七崎神社所在地:​青森県八戸市豊崎町上永福寺127−2
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