
創建: 承和元年834年

富と福を授かる強運の神社
七崎神社 保存「永久(とわ)の会 」公式サイト

郷社「七崎神社」最新ニュース
NEWS

「精霊たちが宿る鎮守の杜」
七崎神社は、2034年に「創建1200年祭」を迎えます!
全国から著名人たちも訪れる
運気を上げ強運を授け「富と福をもたらす!」古社とされています!
大変ご利益がある”パワースポット”として、全国から親しまれています!
時には
御祭神の思召し(おぼしめし)を、「目に見える形」でお伝え下さることも!
それは、見守られている証です。
摂社には、白山大権現、秋葉大権現。青龍大権現が祭られています。
「七崎永福寺」(現在の普賢院)で7歳から修業し、実在した伝説の僧侶「なんその坊」(十和田青龍権現)」。「なんその坊」は、修験道(しゅげんどう)の総本山である、熊野三山奉行へと当神社から旅立った、東北で初代の僧侶と言えるでしょう。
時には、
本殿を取り囲む鎮守の杜の空に、龍を模った「巨大な龍神雲」が、現れたりもします!
龍神雲 は、幸運の前兆で、 いつでも、見守ってくれている証しとされ、
幸運が訪れる前兆と言われています。
特に、春と夏の例大祭の時には、絵に描いたような雲形が鎮守の杜の空に、毎回、現れます!
また、近年では、
2022年2月7日に行われた七崎神社神事「お籠り(おこもり)」の神事で
七崎聖観音菩薩ご本尊が、燃え上がる炎と化し 御神体を現しました!
御祭神の思し召しを”目に見える現象”をもって、ご加護をお伝えくださります!
(下記画像をご本尊仏像と対比しご参照下さい。正面には宮司が居る為、少し、左側から撮った画像です)
本州最北陸奥の国に鎮座する青森県で最も古い郷社の一つ
七崎神社
鎮守の杜パワースポット”雪の舞”


【燃え上がる炎と化し現れた七崎観音ご神体】
(画像撮影者:「永久の会」青年部会長 嶋森隆恭(2022年2月7日)七崎神社 神事「お籠もり」拝殿祭壇にて。正面には神主がいる為、少し左側から撮影した画像です。ご本尊を左側から想像し見てください


【現七崎観音】
南部藩3代目(1687年)南部重信 公により奉納された聖観音菩薩ご本尊の御前立ち仏像。神仏分離令以降は普賢院に安置されています。

NEWS:2022.2.7

【令和4年2月7日(旧暦の正月7日)神事「おこもり」:燃え上がる炎と化し現れた七崎観音様ご神体】
創建834年「七崎山徳楽寺」(七崎神社の旧称)七崎聖観音菩薩本堂(通称:七崎観音堂)は、現在の、七崎神社拝殿の位置にありました。明治の「神仏分離令」を機に、「七崎山徳楽寺」は廃寺となり、安置されていた「七崎観音ご本尊並びに末社12宮」と共に、仏像など全ては、当地の七崎永福寺(現在の普賢院)に移安されています。
明治維新政府による「神仏分離令」が発布される以前、一千年以上も続いた「神仏習合」。七崎神社では、834年「旧暦正月7日」に、南都の四条中納言藤原諸江により同ご本尊が七崎山に遷宮されたことを記念し、現在でも、神事として旧暦の正月7日に「おこもり」を行っています。尚、普賢院では、10日後の旧暦正月17日に御開帳日として、「同お籠り法要)」を行っています。
七崎神社の「おこもり」の儀式の一つに、1月から12月迄の薪(まき)365本(割り箸程の同じサイズの薪)を、祭壇の前でくべて燃やし、その薪の炎の燃え方により「良い時期について、御祭神にお伺を立てる儀式」があります。
令和4年2月7日(旧暦の正月7日)
七崎聖観音菩薩ご本尊 を模った炎が高々と燃え上がり、御神体を現しました!
(各月の炎の高さは、平均30cm程度に対して、12月は、一気に80cm〜1mほど燃え上がったのです)
「御神体が炎と化し現れ、12月が最良の時期(月)と、お伝えくださった!」瞬間のスマホ画像が下記の画像です。
※12月31本の後半の薪をくべていた時でしたが、何本目(何日目)の薪をくべた時に燃え上がったかについては、定かではありません)

【七崎観音様】は、「糠部三十三観音の第十五番目の札所」として名高く、多くの参拝客で賑わっていたと伝えられています。「南部藩の崇敬」も厚く、近郷に名高い古刹で、村人の信仰はもちろん、諸仏事・神事が行われ、八太郎浜への「神輿の旅」は、群衆三千余人もの人出で賑わったと記されています。『水神竜神 十和田信仰』(小館衷三)より
ところが、【七崎観音】は、明治の「神仏分離令」により「七崎永福寺」(現在の宝照山 普賢院)に移安されたにもかかわらず、余りにも、多くの巡礼者が元の【七崎観音堂】があった現在の七崎神社へ訪れたため、再度、【七崎観音様(ご本尊)】を、普賢院から七崎神社へ移安した経緯が数度かあったと、普賢院過去帳に記されています。そして、戦後改めて、再び、宝照山普賢院に移安されたとされています。
七崎山徳楽寺当時、慶安2年(1649年)に、観音堂付近への落雷により七崎観音本堂は火災で焼失し(現在も七崎神社拝殿に向かい左側に鎮座する”いちいの樹”の根元には、当時の落雷による傷跡が残っています。=普賢院に残る資料による)、その後、南部藩により、本堂は再興されると同時に、同藩主2代目南部重直公(1655年) と、3代目(1687年)南部重信 公により、それぞれ聖観音菩薩ご本尊の仏像が奉納されています。
普賢院住職によると、これら二つの仏像については、明治から大戦の激動期を背景に諸事情があり、南部藩3代目南部重信 公が奉納した仏像を「七崎観音の御前立ち仏像」としてお披露目し祀っていますが、「本来の七崎観音は2代目藩主重直公奉納の聖観音仏像」としています。現在は、重直公奉納の聖観音を「本七崎観音」、重信公奉納の聖観音を「現七崎観音」と称します。尚、「本七崎観音」は、普段は秘仏として「本尊の扉」は閉じられていますが、普賢院御開帳日(旧暦正月17日(お籠り法要)」には、一般公開がされています。


こうした現象は「七崎神社が大変ご利益がある 神社とされている」由縁でもあります!
お参りいただいた皆様に 、時にはこうして目に見える現象をもって思召しを下さる、御祭神の御神徳に感謝しています。一度、是非、「強運を授け富と福をもたらす」 七崎神社へ、ご参拝にお越し頂けることを願っています。
※当会では「七崎神社復興整備第一期事業」に際してご奉賛頂いた皆様を対象に、「炎と化し現れた御祭神カード」を御礼の返礼品アイテムの一つとして、お配りさせて頂きました。
残りわずかですが、引き続き「ご奉賛をご希望される皆様を対象に」お配りしたいと存じます。詳しくは「永久の会:0178-20-9499」迄、お問い合わせください。
最新更新EWS
NEWS:2022.5.10
★2022年度 七崎神社復興整備第一期事業「大鳥居再建」
キャンプファイヤー社より「永久の会」クラウドファンディングSTART!詳しくはマスコットをClick!
御神木のパワースポット鎮守の森に生息するリス!
![IMG_0230[1].JPG](https://static.wixstatic.com/media/2df7ca_eddc72b3f4d547cd9bb47887a20a2dc5~mv2.jpg/v1/fill/w_283,h_424,al_c,q_80,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/IMG_0230%5B1%5D_JPG.jpg)
北斗の「大杉」
![IMG_0652[1].JPG](https://static.wixstatic.com/media/2df7ca_800b030cf26f498fa56db7b3d6f41d8b~mv2.jpg/v1/fill/w_278,h_417,al_c,q_80,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/IMG_0652%5B1%5D_JPG.jpg)

北斗の龍根「鉾杉」

北斗の昇龍「鉾杉」
創建承和元年834年、平安時代に北斗七星(北斗)に 「安泰/安寧と繁栄」を託し、星座を模り「七株の杉のご神木」を植樹したと承伝されます。その内の三株が八戸指定文化財として現存します。神仏習合古来から、北極星(北辰)と北斗七星(北斗)は神格化されてきた経緯があり、そうした背景が伺えます。
三株の杉は 「神が宿る大杉と矛杉(ほこすぎ)」として、親しまれています。推定樹齢一千年・樹高40m・最大幹回り9.7m「一千年大杉」一株(画像左)と、天を貫くかのようにまっすぐに伸びた樹高38mの「鉾杉」二株(画像中央と右側)が、1991年平成3年に、八戸市文化財天然記念物に指定されています。文化財指定から30年以上経過しており、特に北斗の一千年「大杉」は、樹高や幹回りは大幅に成長しています。再測定による記録の更新が必要です。
※2022年10月現在、同3株の天然記念物は、「青森県の文化財へと、申請中」です。