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山脈

「​七崎姫」の伝説

七崎神社の神事として明治以前迄行われていた八太郎まで御神輿が運ばれる「お浜入り」

七崎姫の伝説

南都の四条中納言藤原諸江の娘

「七崎姫」が沼の主、大蛇を懲らしめ交わした約束を、年に一度、確かめるために行われた八太郎オミギ沼(御神輿沼)までお神輿が運ばれる「御浜入り」の行事は、馬に乗った供奉や、神主に守られた御神輿等で行列を作り、八太郎の「おみこし沼」へ「御浜入り」したと伝えられています。「七崎観音」は、近郷に名高い古刹で、村人の信仰はもちろん「南部藩の崇敬」も厚く、諸仏事・神事が行われ、八太郎浜への「神輿の旅」は、群衆三千余人もの人出であったとされています
​七崎姫の伝説
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  昔、八太郎(蓮沼)に大蛇が住んでおり、毎年美しい娘を捧げなければならなかった。今年はある村の長者の一人娘と定まっていた。都から流されてきた藤原諸江卿の娘「七崎姫」がこの話を聞き、一巻のお経と刀を持って、身代わりになるという。村人は嘆き悲しみながらも、姫を神輿に乗せて沼のほとりまで運び、祭壇をしつらえ、姫を残して立ち去った。

 すると、真夜中、真っ暗な沼の中ほどの水が大きく割れ、ものすごい風と轟音を立てながら「沼の主の大蛇」が現れて、姫を引き込もうとした。しかし、姫が一心に念ずる経文の呪力にさえぎられ果たせずに、水底に引き返す。これが、幾度となく繰り返されるうち、等々「沼の主の大蛇」は降参した。姫は「今後、村人に祟りをしないように」と誓わせ、大蛇は「沼の守り神になる」と約束し沼底に去った。

 翌朝、祭壇の前で気を失って倒れている姫の姿を見た村人たちは、必死に介抱するも、姫は息絶えてしまった。これを不憫に思った長者と村人は、七崎山に立派な観音堂を建てて姫を祀り、八太郎沼には明神様を祀って、沼に封じ込めた大蛇の霊を慰めたのだという。

 この七崎姫の話は、土俗信仰と仏教縁起が結び付けられた、竜や蛇に化身する水神と姫神にまつわる説話である。

 
  嘗て、七崎観音の例大祭9月7日」には、七崎山徳楽寺「七崎観音堂」(現七崎神社)から、八太郎の蓮沼神社までお神輿が運ばれる「御浜入りの行事があった。

 それは、姫の没後にも毎年、「七崎姫」が沼の主と交わした約束を、年に一度、確かめるために行われたものだという。大蛇が悪さをしていないかと見に行っていた。馬に乗った供奉や神主に守られた御神輿等で行列を作り、長苗代を八太郎にかけて白木のお神輿を担いで通り、その後は高館の上にかかり、林のなかを蓮沼と北沼との間に下り、沼の向こうの市川通りを行って、北沼の中頃にあるオミギ沼(御神輿沼)に渡御しました。

​ 八太郎の「オミギ沼(御神輿沼)は、昔北沼の中頃にあった」へ「お浜入り」したと伝えられている。明治に入ると神仏分離となり、この行事もすたれ、村人も行かなくなった。

 その後ある日、村人が行くと、「う~ん、う~ん」と”うなる石”があったので、七崎神社に運んだ。すると、うならなくなったと言われています。この石は、「八太郎の唸り(うなり)石」と呼ばれ、現在でも、七崎神社、神門の上手に
安置されています。

また、
「御浜入りの行事
」に起用された 「歴代の神輿」は、現在も、文化財”鉾杉”が鎮座し見守る「神輿殿」に奉納されています。

(※「八太郎の唸り石」下記画像をご参照ください)

 
  お公卿様の姫君の「七崎姫」が観音様のおたすけにより、八太郎沼の悪い龍を退治した伝説もあり、ますます霊験あらたな七崎観音様として、人々の信仰をあつめました。七崎山徳楽寺と称し、糠部三十三観音の第十五番目の札所として、広く知られていました。

 近郷に名高い古刹で、村人の信仰はもちろん「南部藩の崇敬」も厚く、諸仏事・神事が行われ、八太郎浜への「神輿の旅」は、群衆三千余人もの人出で賑わったといわれています。『(水神竜神 十和田信仰』(小館衷三)より
 尚、「オミギ沼(御神輿沼)の辺りは、現在は港湾となっています。
その造成中に「聖観音」と刻まれた石碑が発見されました
もともと八太郎の蓮沼にあったもので、埋め立てに伴い、豊崎町の普賢院(旧称七崎永福寺)にお迎えして、「北沼観音」として安置しています。発見された石碑は「七崎姫」を偲んで、八太郎周辺に住む人たちが建立したものだろうと言われています。
宝照山「普賢院」(旧称七崎永福寺)
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八太郎の唸り石
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ゴールデン鋼板

​七崎姫の伝説御朱印帳受付中!

右​記画像は、令和4年10月10日七崎神社復興整備第一期事業「希望の星大鳥居再建」クラウドファンディング返礼品として特別発行された「七崎姫の伝説御朱印帳」です。

左記画像は、2022年2月7日神事「おこもり」際、大鳥居再建事業に取り組む関係者一同の前に、炎と化し御神体を現した時の画像です。二代目南部藩主「南部重直公」が奉納した七崎聖観音菩薩ご本尊仏像(1655年)のお姿が炎と化し現れています。

​​ご希望の方には七崎姫の伝説「御朱印帳&炎と化し現れた七崎聖観音菩薩ご神体カード」セット@¥3,500で、お分けしております。尚、神仏分離令以降「七崎観音」は、現在の普賢院(旧称:七崎永福寺)に移安されています

​お問合せ先:「永久の会事務局」

☏0178-20-9499​又はメールをご利用ください

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秋の屋形船
青森県で最も古い”旧郷社の一つ”とされる「郷社 七崎神社」(ナラサキジンジャ)。その起源は七崎山「徳楽寺」と称し、名高い古刹で人々の信仰や「南部藩の崇敬」も厚く大変ご利益がある「七崎聖観音菩薩御本尊」(通称:七崎観音)を遷宮した本堂が、現在の拝殿の位置に建っていました。
澄み渡る満点の星空に、一段と輝く平和の象徴「北斗七星」。地域の安泰と繁栄を託し、「北斗七星」を形どり7本の杉を植樹したと承伝されます。
八戸市文化財天然記念物「大杉一千年」と「鉾杉」2株の三本が、今でも、鎮守の杜の静けさを保つパワースポッとして親しまれています。
七崎神社保存【永久の会】事務局
青森県八戸市豊崎町上永福寺40 〒039-1109
七崎神社所在地:​青森県八戸市豊崎町上永福寺127−2
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